『ファッション販売』。鰹、業界発刊のアパレル販売業界誌。月刊。
例えばあなたのお父さんが、最近よく見かけるスーツの量販店に出かけます。入り口の自動ドアが開くと、目の前には緩やかなカーブを持った階段があります。一段一段が広めに作られた階段。左側には首なしのマネキンがいくつもこちらを見て佇み、下から順番に価格が安いものから高いものへとスーツを着せられているのです。
普通のデパートの2階分はありそうな高い天井の一階に比べ、二階は少し低めの天井。そこには隙間無くジャケットやスラックスの掛かったラックが幾つも並び、奥の海老茶色の棚につくられた礼服や本場英国ブランドのコーナーまで整然と埋め尽くしています。BGMはゆったりとしたテンポのピアノジャズ。間接照明が暖かいオレンジの光で照らす中、3分程フロア内を見渡しながらラックの間をさまようお父さん。お目当てのスラックスにたどり着いたところで若いスタッフが声を掛けてきます。「よろしかったら幾つかご試着なさいますか?」
お父さんはお気に入りのダークグレーに白のペンシルストライプの一本を掴んで、「こんなのが欲しいんだよねえ。」と伝えます。去年の春、まだ入社したばかりの経理の女の子に褒めてもらった柄なのです。店員は少し高めのスラックスを2本ピックアップし、お父さんはそのうちの1本と自分で選んだ5000円の品を持ってフィッティングルームに向かいます。
何となく店員の選んだ品から足を通し、次に本命の安いスラックスに取り掛かった頃、表で店員が「いかがですか?」と声を掛けてきます。カーテンを開けてみると店員は一組のツーピースのスーツを手にしています。柄はやや明るめのグレーにペンシルストライプ。こちらは30000円で予算オーバー、でもスラックスが2本ついててちょっとお得です。ジャケットだけトライしてちょっと後ろ髪ひかれつつも「予算がね...」と丁重におことわり。5000円の軽い素材のスラックスだけ持って一階のレジまで降りていきます。
先ほどのマネキン達が右側から見下ろしています。真ん中あたりの一人がペンシルストライプのスーツに赤いネクタイを締めて、毅然と胸を張っています。明るい蛍光灯のフロアにおりて、お父さんはレジにスラックスを渡した後ネクタイのコーナーへ向かい、3880円の明るい色のネクタイを追加します。またあの経理の子から「若いですねえ!」なんて褒めて貰える期待を胸に...。
フロアに響くノリのいいシンフォニーに送られて、お父さんはウキウキしながらその店を出て行きました。そのあと寄ったパソコンショップで最新型のノートパソコンを見つつ、お父さんはため息をつきます。「またこいつはお預けだな。」もしもこのネクタイを褒められたら、あのツーパンツスーツを買うつもりなのです。
このスーツの量販店。さまざまなテクニックを使って、お父さんに38880円のお買い物をしていただきました。それは『販売の奥義』、『ファッションの奥義』、そして『経営の奥義』。
販売職は人間相手の商売。店舗運営はチームワーク。そんな仕事の進め方・考え方のヒントを集めたビジネス雑誌は数々あれど、読んでるうちにファッションセンスまで身についてしまう雑誌は他にないのです。『ファッション販売』をそんな仕事もプライベートも両方大事にしている人へオススメします。